ミトコンドリア病だけどバレエ講師

ミトコンドリア病から糖尿病になりました。兄はミトコンドリア病で亡くなってます。運動したら乳酸値なかなか下がりませんがバレエ講師&正社員で事務員してます。兄の介護や闘病生活、私の闘病生活と同棲生活を書きます。

病気でも挑戦

インスリンに変更してから食べ物の我慢があまりなくなり

気分的に前向きになれました。

2016年私にとって人生の転機が訪れました。

体を動かすと低血糖の恐れがあるので、バレエをしている時は

血糖値の乱降下があり、昔みたいに集中してバレエを出来なくなりました。

いつも頭のどこかで血糖値の事があり、低血糖に怯えていました。

もし倒れたら先生にも周りにも迷惑をかけてしまう。

それだけは絶対にダメだと強く当時は思っていました。

 超即効型のインスリンに変更するということは低血糖の確立が

大幅に上がり、命の危険もあるという事は覚悟していました。

単位数を間違えると高血糖にもなるし低血糖にもなる。

ですが、私にとって好きなものをストレスなく食べれる方が数十倍良かったのです。

 

バレエを心から楽しめなくなり、二度の目の海外留学を夢見ていましたが

それを諦めました。海外のバレエ団のオーデションを受けようと思っていましたが、

病気になりそれどころではありませんでした。

私からバレエを取ったら何が残るのだろうと

考えていました。次にしたいこともない。趣味もないと。

その時に母が「囲碁するとか言ってなかった。試しに行ってみたら」

と言ってくれたのです。その言葉で私は動き始めました。

 実家から自転車で20分ほどの所にあるショッピングセンターにあるカルチャーセンターで囲碁教室が入っており、月に二回日曜日に教室は開かれていました。

お値段も4000円ほどだったので、早速体験を申し込みました。

 囲碁教室はプロの先生が教えてくれました。

囲碁のルールを教えてもらい、すぐに13路から19路になり体験で囲碁の楽しさに

目覚めてしまいました。先生も一日で19路打てるようになれば才能あるよと

褒めてくれたので、それもあったかもしれません。

体験後、入会を申し込み本屋さんで囲碁の書籍慣例を購入し次の囲碁教室までに

入門本を全て読んでしまいました。囲碁だと血糖値の事を気にせず済みますし

何より一生出来る趣味なので本当に良い趣味に出会ったと思います。

 

8月後半から囲碁を始め、9月~月に二回ほどの教室に毎月通うようになりました。

初めは詰碁の本で問題を解き、そこから先生の指導碁を2局ほど打って頂きます。

その指導方法が良かったのか、11月に囲碁フェステバルで違う先生に打って頂いたときは、囲碁をして三か月と少しと伝えると、石の運びがとても綺麗と褒めてもらえました。

11月くらいになると教室の他にもどこかで打ちたいと思い、大阪にある

とある碁会所に行きました。そこは当時プロの先生が2人

インストラクターの方が1人在中するお店でした。

そこのお店には3回ほどお世話になり、そこでプロの先生方が主催している

囲碁会の存在を知りました。たまたま心斎橋で行われるとの事だったので

心斎橋の方が実家から近いという事もあり、私はその囲碁会にも

興味があったので、心斎橋に行くことにしたのです。

この時の行動が私の囲碁とこれからの人生を大きく変えるきっかけとなりました。

 

囲碁会は20代から30代を中心の若者メインの会でした。私は人見知りな事もあり

初めはあまり人と絡めずにいました。囲碁会に参加した時に心斎橋が

とても綺麗なサロンだったので囲碁会後にもう一度訪問しました。

 

それが2016年11月でした。心斎橋に行くとそこは老若男女問わず人がおり

みんな真剣に碁盤に向き合っている姿に圧倒されました。

 

そこで囲碁を打ち、もちろん私はまだ始めたばかりだったので

そんなに良い結果は残せませんでしたが、心躍る時間でした。

心斎橋にはその後足を運びませんでしたが

 囲碁教室とプロ先生のサークル、囲碁会に通い腕を磨いていました。

4月に囲碁会のイベントが開催されそこで私の運命が変わり始めました。

バレエ以外に興味がなく、違う世界に飛び込んだ事が無かったので

囲碁という世界は新鮮でした。幼少期から兄の介護もあり、あまり青春時代をおう歌していなかったのもあります。

 

次回は兄との思い出をつづります。