ミトコンドリア病だけどバレエ講師

ミトコンドリア病から糖尿病になりました。兄はミトコンドリア病で亡くなってます。運動したら乳酸値なかなか下がりませんがバレエ講師&正社員で事務員してます。兄の介護や闘病生活、私の闘病生活と同棲生活を書きます。

入院生活

9/9から私の人生初めての入院生活が始まりました。

これまで入院や骨折など大きな病気をせずに生きてきた人間としては

入院という物は別世界に感じました。

 病院食は美味しくないとよく言いますが、昔と違い美味しく

私の場合個室だったのもあり、お風呂を入る時間も自由に

過ごしていました。(大部屋だとシャワー室を予約して

16:00までに入浴だったと思います。その時間を過ぎると入れません)

 

個室だとテレビもつけ放題なので、ゆったりと夜には

スマホをいじりテレビを付けて過ごしていたと思います。

ありがたいことに途中友達何人かがお見舞いにきてくれました。

 

検査は腹部エコー、MRI、目の検査、聴力検査、心療内科(ミトコンドリア病双極性障害になりやすいらいしいです)心エコー、糖分の負荷検査、ミトコンドリア病の乳酸の上がり方検査、髄液採取などを二週間の入院で行いました。

あと、糖尿病の方が入院したら行うことですが尿も溜めました。

 

私の場合すべてにおいて異常なしと判断されました。

糖尿病は糖尿病ですが二次被害は出ていなく幸いでした。

普通ヘモグロビンA1c15%もあれば何かあっても別におかしくないのですから

通常若い女性だと4%から5%の数値が普通です。

5%だと考えると私は人より三倍も数値が高いことになるのですね。

本当に命があり、何もなくてよかったと胸を撫で下ろしたを覚えています。

 

また、髄液採取の時は周りから強烈な痛みがあると言われていたので

髄液採取前夜は怖くて寝れませんでした。

ネットでも髄液検査の痛みはすざましく、意識を失う痛さと書いてあるブログを見てしまったので。病気で嫌な思いをしているのに何故これ以上に嫌な思いをしないといけないのかとずっと不安で不安で仕方ありませんでした。

 

当日体が柔らかったこともありすぐに海老ぞりの体制には取れましたが

ネットで局部麻酔する時も痛いとか載っていたので

抑えてもらってる看護師さんの服をもの凄い力で握りしめてしまいました。

先生のでは採取しますねの声で息が詰まる思い状態でしたが、いざ局部麻酔を

されると、全然痛くない。しかも髄液今採取してますと言われても

何も感じないし、むしろ本当に髄液採取してますか状態。

20分くらいで採取も終わり、半日はゆっくりしてくださいと看護師さんに

言われて、私の恐怖の髄液採取はあっという間に終わりました。

あんなに痛くないなら怖がる必要性なかったし、これのどこが痛いのってなりました。ネットの書き込みも嘘ではないか、大げさに書いているだけではと思うようになりました。実際に体験してみないと分からないものですよね。

検査が無い時は近場の薬局やスーパーに行って店内を見たり

院内にあるコンビニに行ったりと好きに過ごしていました。

糖尿病慣例の本を購入し退院後の生活を考えていました。

なんとなくテレビを見ていると囲碁がテレビ画面に映りました。

ヒカルの碁囲碁の事は何となく知っているつもりでした。

ですが、いざインターネットで調べてみると全く分からず

テレビの講義内容も頭には入ってきませんでした。

面白そうだと思いましたが、まだ、その時点では囲碁を習おうとも

思っていなかったのですが

私が囲碁に興味を持つようになったのはこの入院がきっかけでした。

 

二週間の入院で検査を沢山し最後はミトコンドリア病の乳酸検査

室内で漕ぐ自転車に乗って何分か漕いでおりて血液採取して

また漕ぐと言う作業を4回ほど繰り返しました。

この検査が珍しのか主治医の他に3名ほどのお医者さんが

リハビリ室に一緒に来ました。

私が一生懸命自転車を漕いでいる時に先生たちが雑談をしていたのを

覚えています。私も暇なので途中で雑談に混ぜてもらいました。

当時私の主治医であった先生はドイツ留学経験があるとの事

遊びでの留学ではなく、医学留学と言われていました。

私自身もドイツでバレエ留学していたので、「あみさんもドイツに留学してましたよね」みたいな感じで振られ、「はい、バレエで」と言うと皆さん関心してくれました。

 

今でもドイツにバレエ留学経験があると言うと関心してくれる方が多いので、留学をさせてくれた親には感謝です。バレエ講師するにあたって素晴らしい経歴をくれたので。

 

入院中は退院後の生活を深くは考えていませんでしたが、退院後、私の生活が

今までガラッと変わり精神的に追い詰められました。

 

次回退院後の事を書いていきます。

 

糖尿病治療ガイド2018-2019

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完全図解 糖尿病のすべて (実用No.1シリーズ)

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病気発覚から入院まで

私の病気発覚は偶然が重なり見つかりました。

2015年8月初旬、私はドイツからの長期フライトを終え帰国し

長めの夏休みを過ごしておりました。

 8月中旬に右足のひざ裏が痛くなり初めは湿布でも貼っておけば

大丈夫だろうと軽く考えていました。

 ですが、8月後半に入ると歩行も困難な痛みと変わり、ちょうど24時間テレビ

放送している時が一番痛かったのを覚えています。

 8月中旬から後半にかけて病院を3件移動しました。

1件目はいつも行っている接骨院

ここでは足の使い痛みと言われましたが日に日に足が痛くなり

湿布をしても全然痛みは治まりませんでした。

 

2件名は整骨院で名医と有名な病院に行きました。そこの先生に

この痛みは骨に関係ない、長期フライトからの経緯を考え

足に血栓が出来ているかもしれないと推測し

私を近くの市民病院へと転院させてくれました。

 市民病院でついた診断は深部静脈血栓症

 所謂エコノミークラス症候群です。

強烈な足の痛みの原因が分かり痛み止めを処方してもらい

安心したのもつかの間、8月下旬には寝れないほどの痛みが

続き、これはおかしいと思い私は次の診察の時に

母や叔父の反対を押し切り、大阪赤十字病院へ紹介書を

書いてもらいました。

周りは病院は近い方が良いと言っていたのですが

私は一か月以上続く痛みはおかしいし、ずっと痛み止めしか処方して

くれない先生の治療は間違っていると言う気持ちでした。

後に私の判断が自身の命を救いました。

 

足は一向に良くならず、赤十字病院に母と9/8に向かいました。

大病院なので待ち時間が非常に長く

母と2時間待った所で看護師さんに名前を呼ばれ

「新たな検査が必要です。血液検査をしたいので採血が終わり次第

また声をかけて下さいと」と言われました。

 

採血を終え、循環器に戻りそこでまた二時間ほど待ち

4時間経ってようやく名前を呼ばれました。

私を診察してくれたのは確か副部長だったと思います。

先生は渋い顔をし、エコノミークラス症候群

前と比べマシにはなっていること

薬も新薬を処方してくれました。

ですが、そこで新たな病気が発覚しました。

「君、糖尿病だよ」

私は一瞬何を言われているのか分かりませんでした。

痩せている私が糖尿病?バレエをしてて太ることには人一倍

気を付けてるし、運動もしているのにまさかと言う気持ちがありました。

先生はその日のうちに同じ病院内の糖尿内科に予約をしてくれました。

そこでまた、2時間まち。なので、合計6時間待ったことになります。

 

ようやく糖尿内科の診察呼ばれたときは疲れ果てていました。

 糖尿内科で家族の病気経歴を話しました。

兄がミトコンドリア病で亡くなっているということ。

 

先生は確定診断はまだ、出せないと言い

私のヘモグロビンA1cが15%あることがどれだけ大変なことかを

一言で説明しました。

「今風邪ひいたら死ぬよ」

この言葉ですぐに入院を決めました。

先生はいつから入院する、早めの方が良いよと言われたので

私と母は明日から宜しくお願いしますと言いました。

 病院から帰宅後は先生から今日だけ好きなものを食べてよいよとの

事だったので、家族で焼肉に行きました。

その時は糖尿病なんて今までのダイエット経験があれば

余裕だし、自分に厳しくすれば良いだけと軽く考えていました。

入院も初めてだったので、少しわくわく感もありました。

ですが、それは全て甘い考えであり、糖尿病でどれだけこの先

苦しめられるかをこの時の私は予想していませんでした。

 

多分、病気がマシになるだろうと簡単に考えていたかもしれません。

私が病気を発病してからはあまり物事を前向きには捉えづらくなりました。

最悪なパターンを先に考え、そこでそのパターンより良かったらラッキー

考えていたことが起きると、やっぱりかと言う気持ちで乗り過ごすように

しています。病気になってから体に関しては何一つ良いことはありませんし、費用の面も何も得をしているどころか、損ばかりしています。

 

次のブログは入院生活から病気の事をもっと綴っていこうかと思います。

 

桑の葉粒100% 280粒

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高齢者のための糖尿病診療

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ミトコンドリア病と兄のこと

私はミトコンドリア病MELAS型です。

 

メラスはミトコンドリア病の中で最も多い種類になります。

特徴としては脳卒中を引き起こすとのことですが

私の場合成人発症と病状が軽症の為、難病指定も国からもらえず

医療費は三割負担です。

 

軽症と言いましても、私はミトコンドリア病から糖尿病を発症しております。

糖尿病はご飯を食べると血糖値が上がり、それをインスリン及び

薬や運動で血糖コントロールをするのですが、私の場合はインスリン

ほぼ出ていないのでインスリン治療をしています。

このインスリンでの血糖コントロールが本当に大変で

発病初期の頃はまだインスリンが少し体内にあったのか

そこまでの単位を打つことはなかったのですが

最近はインスリン単位が上がっており、食後の運動をしても

血糖値がなかなか下がらず、追加でインスリンを打つと低血糖になることが

あるので、慎重に血糖値を見極めなければなりません。

 

夜中に低血糖になりそのまま気づかずと言うパターンが一番怖いですからね。

 

糖尿病は血糖値が高いと血管がダメージを受け、網膜症や壊疽、腎症が起こります。

血管にダメージがいくという事は、心筋梗塞脳梗塞が起こります。

 

糖尿病治療を放置した方の体験をネット、及び書籍で見たことがありますが

網膜症の場合は進行が比較的ゆっくりですので、症状が出ている本人は

目が何となく見えにくくなってきたと認識をするそうですが

これはもう網膜症末期。その状態で治療せずに放置すると

ある日突然目の前が真っ暗になります。この時点で網膜症は末期で

失明となります。ので、糖尿病治療はきちんとしておくことがおすすめです。

 

腎症が進み人工透析をすると平均寿命が5年と言われているみたいです。

 

糖尿病の方は感染症に弱く、免疫力も低いので

毎日手洗いうがいをしていても風邪に感染します。

私の場合マスクをしていますが、大きな風邪を毎年ひいています。

 

難病から糖尿病になってしまったのですが、不摂生で糖尿病になりそうな方は

今すぐ、食事と生活習慣を見直してください。

医療費はかかるし、健康面でずっと不安なのでなってよいものなんて

一つもないので。

 

インスリン注射を打つ時の痛みは常にありますし、今は血糖値を測定する時は

指からの採血は無くなり、リブレという腕に付けているだけで血糖値を測れる

機械に変更しましたが、このリブレ二週間に一回交換しないといけないのです。

装着する時がなかなか痛くて。装置も500円玉をもう一回り大きくした大きさなので

夏服とか薄着の時はリブレが見えて人の目が少し気になります。

血糖値1回、1回測定するたびに指に針を刺して痛い思いをし、血を絞り出す作業を

しなくて済むのは精神的に楽になりましたが。

リブレのお陰で街中で気軽に低血糖かどうかの確認が出来るので

その点についても気持ち的に余裕が出来たのではないかと思います。

リブレがもう少し小さなサイズになってくれればいう事はないのですが

その点はしばらくの我慢ですね。

 

血糖測定がここまで進化したのなら、インスリン注射にももう少し進化を遂げてほしいですよね。昔と比べると今のインスリン注射はあまり痛くなく

大変さも激変したみたいですが。(昔のインスリン注射は看護師さんが使うような

注射で、インスリンも瓶に入っていたみたいです。自身の腕をゴムで縛り血管に直接入れていたみたいです。)

ですが、やはり注射をしない形にしてほしいです。希望としているのが

体内に埋め込み式の人工すい臓。外国では1型糖尿病の幼児に

試験的に実施しているとの情報をどこかの記事で読んだことがあるので

日本での早期の実用化期待するしかないですね。

 

私のブログは私自身の病気の事や闘病生活、ミトコンドリア病の事。糖尿病の事、そして兄がミトコンドリア病で亡くなり家族で最後まで支えあったことを綴っていこうかと思っています。

 

ミトコンドリア病診療マニュアル2017

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体は治りたがっている

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国立国際医療研究センター病院の 一生役立つ糖尿病レシピ410

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